夜の帳をそこだけ払ったかのように、店々の灯りが街路を照らす。
酔漢のがなり声、女たちの媚を含んだ嬌声、行き交う人々の奏でる雑多な喧騒が溢れる。

カント寺院の鐘の音に合わせて生活する、城塞内の良き市民たちが家路に急ぐ頃。
探索者に解放されたこの一角は不夜城と化す。
その煌々たる輝きに惹きつけられて集まるのは何も探索者には限らない。
怪しげな物品を並べる露天商、隅に蹲って水煙草を咥える魔術師、艶笑をふりまく夜鷹たち……
実に種々雑多な人種が、さながら誘蛾灯に群れる羽虫のように、夜の街にやって来るのである。

道案内を買って出ていたホビットは、くるりと振り向くと、道化のように両手を広げて口上を述べる。

「見ろよ!兄弟!
 ここはマッドロードのお膝元だよ!
 賭場に阿片窟、女郎部屋に奴隷商、巷間溢れる悪徳の類はなんでもござれだ。
 金貨がありゃあなんでも買える、金貨がなけりゃあ、ちょいと地下に潜りゃいい。
 ワードナの皺っ首一つで一攫千金、ゴロツキが一夜で近衛に昇格!ときたもんだ。
 さあさ、お兄いさんのお望みはなんだね?」

  * * *

必ずしも全ての探索者が、地下での仲間と私生活を共にするわけではない。
俺たちのパーティーの場合も、ラグナとルサリルがよく行動を共にするを除けば、
後の連中は解散と共にどこぞへと消えてゆく。
だから酒場で解散した後に、盗賊のシェイマスに声を掛けられたのは少々意外だった。
どこかで飲み直すものと思い着いて行くと、ホビットの足はどんどんいかがわしい界隈へと向かっていく。

「かてえこと言うなよ兄弟。俺もお前も中立じゃねえか」

シェイマスはそう言って馴れ馴れしく俺の肩を叩いた。

「で?何がお望みだね?……いやいや、わかってるよ、わかってる。
 とりあえず俺たちに足りねえのはコイツよ。そうだろが?」

人差し指と中指の間に親指を握り込んだ卑猥な符丁を俺の眼前に突きつける。

「へへっ、あんなむしゃぶりつきたくなるようないい女二人とパーティー組んでるのによう。
 こちとら指一本触れさせてもらえねえときた。
 そのくせ他の男を咥えこんでるとこはしょっちゅう見せつけられる。
 あのどぶドワーフは見せたがりだからな。……正直、堪んねえよなあ?」

脳裏にあの陵辱劇の記憶が浮かび上がる。
強く睨みつけてやったが、シェイマスは意に介さずに軽く肩をすくめる。

「かといって格下の探索者をひっかけるわけにもいかねえ。ラグナの姐御がおっかねえからな。
 ……となると女郎買いしか手はねえ。こっちは小うるせえ姐御も黙認だ」

ホビットの饒舌は止まらない。

「とはいえ、手当たり次第に買うってのは、うまくねえ。
 病持ちにでもひっかかってみろよ。そんな理由でルサリルにラツモフィスを頼んだら、
 代わりにバディアル喰らうこと請け合いだぜ。あれもおっかねえ女だからな。
 ……それに、梅毒はマディじゃなきゃ治らねえって話だ。頭ん中腐らせたくなけりゃあ用心するこった」

そして薄ら笑いを浮かべ、片目をつぶってみせた。

「へっへっへっ、んなわけだからよ。俺様が新米のお前に安全な店を教えてやろうってえわけだ」



シェイマスが案内した店は、入り組んだ路地裏の先にある、どうにも『安全』には見えない代物だった。
看板一つ出ていない入り口をくぐると、奥への通路を塞ぐように木台が置かれ、やり手婆が腰掛けている。
ノームの老婆はこちらを一瞥すると、面倒臭そうに口を開いた。

「……二人乗りなら料金は六掛け上乗せだよ」

すかさずシェイマスが木台に飛びついて答える。

「いや、一人乗りを二口さ。俺はベリルをご指名だ。あっちにゃ適当なのをあてがっといてくんな」

そして懐から小銭入れを取り出し、少なくない額の金貨をじゃらじゃらと台上に乗せた。
老婆はそれを几帳面に勘定し始める。
ふと、シェイマスの小銭入れにどうにも見覚えがあることに気付いた。
慌てて腰のベルトをまさぐる俺に、シェイマスは軽くなった小銭入れを放る。
ホビットの顔には、してやったという会心の笑顔が浮かんでいた。

「こいつは授業料ってヤツよ」

そう言うと素早く木台の奥へと滑り込み、優雅な足取りで通路の奥へと消えていく。
罵声と共にその後を追おうとする俺の前に、老婆が立ち塞がった。

「お連れさん、……人間でいいんだね?」

  * * *

返金を拒む老婆としばらく押し問答をした挙句、俺は今、通路奥に並ぶ木扉の一つの前に立っている。
こうした場の作法など知る由もない。俺はとにかく扉を小さくノックした。

「入りな」

意外にきびきびとした、筋の通った声音に一瞬たじろぐが、気を取り直して扉を開く。
……中は、店の外観よりはぐっと小奇麗に片付いていた。
燭台の赤い炎が室内を控えめに照らし出す。
木製のテーブルに座り心地の良さそうな対の椅子。
テーブルの上には葡萄酒の瓶と瀟洒な陶器の器がこれも一対。
広くはない部屋の残りを占めるのは、清潔なシーツの引かれた寝台だ。
普段寝泊まる馬小屋とは比ぶべくもない居心地の良い空間の中で、俺の目は一点に釘付けになる。

俺の関心を惹きつけたのは、この部屋の主だ。
濡れ羽色に輝く長い黒髪を後頭部で束ね、意思の強そうな瞳で俺を見つめている。
羽織ったガウンの前を堂々と開け放ったまま、なんの衒いもなく裸身を晒す。
豊かな胸、引き締まった胴、黒い濃い繁みからは、すらりと長い脚が伸びる。
だが何より異彩を放つのは、この薄明かりの中でも即座にそれとわかるほど、
硬く、鍛え抜かれた筋肉が、腹部と大腿部を覆っていることだ。
よく見れば、均整のとれた裸身のそちこちに大きな傷痕が目立つ。
それは、明らかに戦闘職の肉体だった。

「婆とやり合ってたのが聞こえたよ」

そう言って女は、くっくっくっと小さく笑った。

「悪い友達にたかられたね。ふふっ、本意じゃなかったかもしれないが、折角だから楽しんでいきな。
 ま、とりあえず掛けてくれよ」

腰を下ろした俺の前に、割に豪快な手つきで葡萄酒を注いだ杯を、とんと置く。
そして自分も腰を下ろすと、手酌で自分の杯を満たし、くいっと一気に呷った。

「……ふうー。私の名前はレダだ。あんたは?」



「やっぱり気になるかい?」

酒を酌み交わし、談笑する。場違いな、くだけた空気の中で、出し抜けにレダが問うた。
つい、とガウンの襟元を引く。
張りのある乳房が露になった。豊かなそれは、胸の筋肉に支えられ、つんと上を向いている。
だがレダが俺に見せたのは、その横に鋭く伸びる刀傷だ。
先ほど垣間見えた、裸身に広がる無数の戦傷の中でも、それは特に大きい。

「サムライだったんだよ」

事も無げに呟く。
明らかに完成された戦士の身体を持つこの女が、かつて探索者であったろうとは察していた。
俺より確実に力量が上な戦士が、こうして春をひさぐ理由に、好奇が疼かなかったわけではない。
ただ、それを話題に上らせるのを躊躇っていたのだが、レダには見抜かれていたらしい。

「地下十層で不意打ちを喰らってね。生き延びたのは私だけ。仲間は全員カント寺院行きさ。
 生き返らせようとはしたんだけどね、……提示された喜捨が、ちょいとばかし手の届かない額だった。
 『けちな背教者め、出て行け』とね。まったく、あそこの坊主どもだけは地獄に落ちるべきだよ」

想像以上の熟練者であったことにも驚いたが、重い内容をあっけらかんと語られて返す言葉が出ない。

 すらり。

ガウンをはだけてレダの脚が優美に伸ばされた。
筋肉質な脚だが、股下が長いせいで武骨というよりは流麗なラインを描く。
魅惑的なその生脚の膝の部分に、外周をぐるりととりまく輪になった生々しい切り傷の痕跡があった。

「その時の戦闘で『灰色のヤツ』にやられたんだ」

冗談好きの女の顔が、記憶を手繰った一瞬、獰猛な猛禽のように細められる。
そして直ぐ、もとのくだけた顔に変わり、笑いながら言った。

「つながりはしたが、頼んだ坊主がやぶでね。腱がずれたまま治癒しちまったのさ。
 おかげで探索者は廃業だ。もう少しで『>』に手が届きそうだったんだけどねえ。
 ……まあ……ちょっと、惜しかったかな」

ゆっくりと立ち上がる。その脚の運びが、少しだけ不自然に見えた。

「全員分稼ぐのは無理だけど、一人だけ、どうしても生き返らせなきゃならないのがいてね。
 この稼業を始めたわけさ。ま、男好きの私にゃ天職だったけどね」

テーブルを回って、椅子に座る俺の両脚の上に腰を下ろす。
重量感のある肉に俺の股間が圧迫される。
大胆に脚が組まれ、両脚の間の繁みが露になった。
俺の顎に手が添えられたかと思うと、つい、と持ち上げられる。
上を向いた唇に、レダのそれがゆっくりと重ねられた。
割り入れられた舌が、ねっとりと口蓋を這い回り、俺の舌に絡められる。
濃厚な口づけが終わると、薄く紅潮した顔でレダは艶やかに笑った。

「話は終わりさ。夜は長いが、今は剣を交わす時、だろ?」



 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ

俺の両脚の間に、跪いたレダの頭がある。
あからさまに水音をたてながら、嬉しそうに舌を這わせている。
陰嚢にしゃぶりつき、吸いたて、かと思えば陰茎を巧みな舌使いで舐め回す。
技巧もさることながら、歴戦のサムライに奉仕させているという異常な光景に気持ちが昂ぶる。

 ちゅっ

締めくくりに鈴口に軽いキスを見舞うと、レダは艶然と笑った。

「気に入ってもらえたかい?」

魅入られたように頷く俺に流し目を送りながら、ゆったりとした動作で寝台に身を横たえる。
そして、両脚をじらすように開き、露になった秘部に指先を添えた。
人差し指と中指で器用に花弁が開かれる。

「それじゃあ……おかえしを頼むよ」

媚を含んだ言葉に、誘われるまま顔をその部分に近づけた。
むっ、とするような牝の臭いが鼻腔に充満する。
麝香のような、甘い、獣じみた芳香に息がつまりそうになる。
体躯に相応の大ぶりな肉びらの間で、膣がぽっかりと口を開ける。
そこからとろりとした粘液が零れ落ちた。

 ぴくっ

陰核に軽くキスをしただけで、レダは生娘のように脚をひくつかせる。

 ぴくっ、ぴくっ

紫色に照り輝く肉の花弁に舌を這わせると、それに合わせてレダの腰が喜び、震えた。
舌を捻じ込み、愛液まみれの入り口をこね回す。
奥からはとめどなく粘液が分泌され、俺の口を濡らす。俺はじゅるり、とそれを吸い込んだ。

「くっ……んん、ん……じょうずだよ」

レダが鼻にかかった声を上げる。
唇を押し付ければ蜜を吐き出し、舌を蠢かせれば腰をうち振るわせる。
どんな責めにも喜び、反応を返すレダに、俺は徐々に行為をエスカレートさせていった。

「ん、んんん!……んっ、はっ、は、激しすぎ、んんっ!」

レダの手が伸ばされ、たまらなそうに俺の頭を抑える。
次第に余裕をなくしていくレダを攻め立てるように、陰核を舌先で突き、花弁を強く吸い込む。
そして、充血して痛いぐらいに張り出た陰核を、包皮ごと甘噛みした。

 びくびくびくっ

「くあああっ、んあっ、んっ、んっ、んんんんっ!」

レダは腰を痙攣させながら、一際大きく声を上げた。
頭に添えられたレダの手に、ぎゅっ、と力がこもる。
両脚はがくがくと震え、踊る。
そうしてしばらく続く絶頂に身を震わせると、レダの身体からくたっと力が抜けた。

「あんまり乱暴に扱わないでくれよ」
顔を上げると、目元を蕩けさせたレダが、俺を見下ろして恨めしそうに抗議の声を上げた。
口調はぞんざいだったが、その語尾に隠しようのない媚がにじんでいた。

姿勢を変えて、レダの身体に覆いかぶさる。
相対する俺の瞳を覗き込んで、レダの目が細められた。
もう一度口づけを交わす。
唇をついばみ、舌と舌の先を軽く触れ合わせる。浅いキスを何度も繰り返した。
やがて顔を離そうとすると、レダの両手にがっちりと挟まれた。
レダが視線を合わせて、ニッ、と笑う。
そして、俺の顔を引き寄せると、舌を伸ばし、顔中を嘗め回した。
唇を、顎を、頬を、耳を、犬のように舌全体を使って愛撫してまわる。

俺は自由な両手でレダの張りのある胸を揉み解す。
軽く指を押し返すようなその弾力を楽しみながら、先端を爪先でひっかく。

「はあああ……」
レダは両手を離して深い充足の溜息を吐いた。
女サムライの瞳に情欲の火が点る。

「なあ、もう我慢できない。……あんたのヤツを、……欲しいんだ」
男根を秘所にあてがうと、レダの手がするりと伸びてきて行く先を導いた。

「んあっ、……そう、そこっ……はっ、いって、く、る」
接合部に指先を伸ばし、挿入を確かめるように添えると、レダの唇から声が漏れる。

「んっ、はあんっ……んんんっ……くううんっ」

緩みきった膣内を奥まで侵入しきると、急速に膣壁が収縮する。
茹だった襞で握りつぶすように、きつく締め上げられた。

「どう……だい?……わ、たしの…なかは」
締め上げる動作で自分の内部も刺激されるらしく、息も絶え絶えになりながらレダが問いかけてくる。
みっしりとした肉の感触にありったけの賛辞を送った。

「んん、嬉しいな……もっ、と、ほ、ほめて……くれ、よ」
レダの身体を、顔を、髪を、瞳を、少ない語彙を動員して褒め上げながら、恋人のように交わる。
言葉の一つ一つに、緩やかな腰の動きに、レダは身体全体で歓喜をあらわした。
喘ぎ声を上げ、黒髪を振り乱し、膣内をぐいぐいと絞める。

「あはあっ!いいっ、いいよっ、あんっ、あっ、あっ、くはあっ」

レダの腕が首に回される。脚は腰に絡みつき、ぎゅっと絞めつける。
耳元ではレダの鳴き声が上がり続けた。
お互いの肌を密着させる。滝のような汗が混じり合い、ぬらぬらと纏わりつく。

「ああああっ!くるっ、きちゃうっ、あ、あ、あ、んんあああっ」
レダが絶叫を放つ。身体が飛び跳ね、四肢がぴんと伸ばされた。
同時に俺は男根を抜き放つ。
絶頂を極めた膣内が限界まで絞り上げられ、抜かれゆく男根に惜しむような最後の抱擁が送られる。

 どぴゅっ

抜いた直後に達した男根から、白濁した粘液が飛び散る。
精液が、鍛え抜かれた身体を無法にも汚してゆく。
「んあああっ、……んああああっ……あああっはああ」
絶頂の余韻が去らず、身体を震わせていたレダは、熱い粘液の放射を受けて断続的に身体を突っ張らせた。



「一泊分の料金を払っちまったんだから、泊まっていきなよ」

更に二回の交わりを経て、俺はレダの言うままに眠りについた。

翌朝は、まだ日も昇らぬ早朝に目が醒めた。
傍らに眠るレダを見やる。
解かれた髪は乱れ、事後のまま眠りに落ちた様子を雄弁に物語っていた。
その穏やかな寝顔を確認すると、そっと身を起こし、寝台を抜ける。
ふと、背後に、とりすがる腕が差し伸べられたような気配を感じた。
後ろ髪を引かれた気がして振り向く。
すると、半身を起こしたレダが、所在を失くした手で頭を掻いていた。

「ふわあー、早いね。もう行くのかい?」

わざとらしい大きく欠伸をしながら聞いてきた。
頷いて答える。俺たちは今日また地下に潜る予定だった。
まだ時間は十分にあるが、準備を怠るわけにはいかない。

「……そうか」

裸身をシーツで隠そうともせず、レダは寝台の上で大儀そうに胡坐をかいた。
しげしげと俺を見つめ、頭を掻き、しばらく逡巡をみせた後に、ゆっくりと口を開く。

「地下に潜るヤツにこんなこと言っても仕方がないんだけどね。
 ……簡単に、死ぬんじゃないよ。
 探索者なんていつ死んでもおかしくない、ヤクザな商売だけどね。
 自分じゃその辺割り切ってるつもりでも、
 あんたが死んだら泣く人間ってのは、いつの間にかできてるもんさ。
 ……大事な相手を残して先に逝っちまう男なんて、ほんと、ロクなもんじゃないよ」

最後はまるで独り言のようだった。
一瞬だけ遠い目をしたレダに、俺はある種の痛ましさを感じ、反射的にその目を覗き込む。
だが、レダのその茫洋とした表情は直ぐにかき消される。

レダは笑った。

「そうだな。稼いだらまたおいで。その時にゃたっぷりサービスしてやるよ。
 まだ披露してないテクもあるからねえ。
 な?そう思えば意地でも生きて帰らなきゃって気になるだろ?」

サムライにして娼婦の透明感のある笑いに、つられて俺の頬も緩む。
俺も笑った。
多少ぎこちなかったかも知れないが、それでも笑うことでレダの気遣いに応えようと思ったのだ。
そして、「きっとまた来るよ」と、そんなようなことを呟くと、歴戦の娼婦の部屋を後にした。






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